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Mシュナウザー"パセリ&ポプラ"とアウトドアではキャンプやカヌー、インドアではアートやクラフトを楽しんでいる毎日を綴っています。

梨木香歩さん講演会

richa, · カテゴリー: 2009年, Dialy / memo, · タグ: , , ,

待望の梨木果歩さんの講演会に行ってきました。
忘れないようにメモ(^^ゞ

立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科主催
「環境と文学のあいだ7:自然とともに在ること」
講師: 加藤幸子氏、梨木香歩氏

趣旨:2002年度より継続的に実施しているシリーズ講演会。本年度は人間と自然環境との関係=つながりの深さを主題化する二人の作家をお招きし、「自然とともに在ること」の意味を考察する。また、それぞれの異文化体験―加藤氏の幼少期における中国、梨木氏におけるイギリス―が、自然を含む〈他者〉の問題への深い洞察を生んでいることをも併せて検討する。


15時からはじまった講演会では、まず鳥飼久美子氏が挨拶に登場されました。
これは予想外のことで、わたしとしてはかなり驚きました。(わたしが鳥飼久美子さんが立教の教授をされていることを知らないだけだったのですが…(苦笑。)
○十年ほど前、父が鳥飼久美子さんにお会いする機会がありそのとき、娘(わたし)が将来通訳になりたいと言っていることを軽く相談したそうなのです。「中学生から英語をはじめたとしても大丈夫」と言われたという話を父から聞いていました。その後わたしは通訳になる勉強もせず、そんな子供の頃に持っていた将来の夢さえ忘れた頃に翻訳の仕事に携わることになりましたが…。あとで書きますが、いろんなことがつながってきているんです、最近。梨木香歩さんとは特にいろんな点がつながり、糸も絡まっていて驚くことが多いのですが、まさかここで鳥飼久美子さんまで登場とは。わたしが小学生の時の点がまたつながってしまいました。

次に、教授である野田研一氏の講義が始まりました。
先に配られていた資料を読み進めるという講義(?)でしたが、のっけから違和感を感じるものでした。
参考資料として、氷山が描かれた風景画が出されました。当初は自然の風景だけが描かれていて評判が悪かったけれど、その絵に人工的な船のマストを描きこんだことで評価が上がったそうです。つまり、人間が自然を理解するには人間化しなければならないと結論付けられていました。「自然を理解」というのはどういう意味で言われているのかわたしにはわからなかったのですが。教授曰く「ただの自然は見るに耐えないし、退屈だ」そうで。

ん!?

と、思ったのはわたしだけではなかったようです。後々わかったことですが…。
よくよく聴いていくと、野田教授はどうも自然公園とか植物園、観光地としてお膳立てされたところを自然と思っていらっしゃるような気がします。
そんな方が「自然とともに在ること」というテーマで講義してしまうんですか!? 立教って…大丈夫?(苦笑。

45分ほどで講義終了。

次は、加藤幸子氏のアカショウビンとトキを題材にした自著2編の朗読と解説でした。
加藤氏はナチュラリストと呼ばれてもネイチャーライターと言われても、文句は言わないかもしれません。氏の作品はこのとき朗読されたものしか知りませんが…^^;。

さて、何年も楽しみに待っていた梨木香歩さんの時間になりました。
髪をアップにして、化粧気もほとんどなく、草木染のように見える茶系でまとめられた服にシルバーのイヤリングとペンダントで壇上に登場です。
ほとんどその姿を公には出さないので、わたしも数年前に一度だけ出たというインタビューのときのスナップ写真しか拝見したことはありません。でも、それこそすんなりと自然に、既知の仲であるかのような錯覚をするほど違和感のない梨木さんでした。
朗読は、前の晩に書いたという家守綺譚の新作「柿」。
柿の葉寿司が食べたい、と思ったことから書いたものだと後の対談で暴露されてました(笑。
家守綺譚」を読んでいない人には意味不明だったでしょう。しかし、会場にいた多くの人は拍手喝采を送っていたように聞こえました。わたしは最前列に座っていたので会場全体の様子がわかりませんでしたが、この講演会が始まる前にゾロゾロと人が集まってきたのは別教室で行われていた勝間和代さんの講演後に移動してきた人たちのようです。その方たちには意味不明だったかもしれません。
これまでの講演会でも朗読をされていたということも、講演会などで新作の朗読をされることも、そういえば知っていた気がします。でも、今回もほやほやの新作を朗読で伺えるとは、野田氏が講義のときに言っていましたが、本当にサプライズで感激しました。
余談ですが、もし朗読するものが既に出版されているものだったら、その時間は朗読ではなく是非ほかのお話を!と思ったと思います(^^ゞ。

最後は、3者対談。
最初に、休憩中梨木さんが野田教授に「どうしても言いたいことがある」とお話していたらしく、そのことから。
前述しましたが、野田教授の「ただの自然は見るに耐えないし、退屈だ」という発言に対して、「わたしはただの自然で退屈したことはない」とやわらかい口調できっぱりと断言(^^)。わたしは心の中で手が痛くなるほどの拍手を送りました。
それ以来、対談中ずっと野田氏は「インドア・ナチュラリスト」と呼ばれようになりました。ナチュラリストという言葉自体好きじゃないのですが、野田氏はインドアがついてもナチュラリストとは思えません(苦笑。

梨木さんは白神山地を訪れたとき、神々しい山地を想像して入ったけれど実際はまったく違っていて、人工物があるとか人がいるからではなく、自然が人に慣れているのではと感じたそうです。そして、古くから白神山地にはマタギの人たちが自分の庭のように入っていたからだろうと想像されていました。
わたしも昨年白神山地を旅したときに、想像していた様子と違い拍子抜けしたことを思い出しました。
反対に2-30年間人が入っていない森にスノーシューで入ったとき、木々から「なんだ、こいつ?」と一斉に見られたという話もされました。これも、まったく同感。人嫌いの森に入るとみんな無視している気がするし…(笑。

対談の前半が、加藤氏が関係されたという大田区にある野鳥公園の話になってしまい、隣に座っている梨木さんがただただ頷くだけの時間になってしまったのはとても残念でした。
なんとか梨木さんの方に話を、と野田氏も話を振るのですが、似非インドア・ナチュラリスト(失礼!)だからか、的を得てなくて、梨木さんとも話が噛み合わなかったりすることも。
カヤックの話題を振ったとき、「野田教授、Good job♪」と思ったのですが、話はまったくカヤックには触れず、ゆらゆらと植生の話でアフリカの方へ行ってしまいました。
野田氏の「なぜ植生に目が行くのか?」という問いには、「その場所を知るために見る」と応えていらっしゃいましたが…。
鳥に興味を持ったのは、梨木さんが幼少の頃に山の中に引越したとき、部屋の窓辺にアカショウビンがやってきたときからだったそうです。
桜島や比叡山といった山があるところに暮らしてきたため、山で方位を知る癖があり、方位がわからないと落ち着かない、と梨木さんは「今も方位磁石を持ち歩いています」ともおっしゃっていました。
関東平野の辺り一面凹凸のない場所に生まれ、育ってしまったわたしはその感覚がが身体に備わっていない。十分想像は出来るつもりではいるのですが、想像と心身に滲みているのでは雲泥の差があるということもわかっているつもり。

また、「ハエトリグモがいない家は家じゃない」と思っているそうで、最近引っ越されたのか、引っ越した先の家にもやっとハエトリグモが出るようになった、と楽しそうにその同居蜘蛛の話をされました。

「跳ねる前には必ず3度お尻を下げるんですよ、かならず。」
「家の中の3箇所でハエトリグモの姿を見たんですけれど、それが同じ蜘蛛なのか別の蜘蛛なのかわからないんです」

ハエトリグモってそもそもどんな蜘蛛?
梨木さんの本には知らない樹木、花の名前がたくさん出てきていつも自分の無知さを知らされるのですが、ここでも(苦笑。

これを書きながら、梨木さんの心をとらえているらしいハエトリグモとやらを検索してみると、かなり多くの人たちから支持されている愛嬌のある蜘蛛のようです。
動画まであったので見てみたら、思わずくすっと笑ってしまいました。
リンクしましたが、このページは小さくても蜘蛛がいっぱい出てきてちょっと引きます。蜘蛛嫌いな方はご用心。わたしもこのページからは数秒で跳びます。
>> ハエトリグモ
いくら多くの人たちに可愛がられているという蜘蛛でも、他の蜘蛛と見分けがつくか、わたしは不安。パソコンの内側にでも蜘蛛の巣を張られたら大変、と思ってしまうので同居は難しい気がしますが…。

ところで、野田氏がネイチャーライティングの研究をされているからか、梨木さんをネイチャーライターとして見ているようです。わたしとしてはそうは思わないのですが…。「ネイチャーライターとして意識されていますよね」と問われて、梨木さんは肯定されていたように取れたのですが、そこのところははっきりわかりませんでした。

マグマのような怒りから書くことが始まったとしても、怒りを感じさせるような過剰なものになってはいけない。ドライで感覚的に、観察者として作品を書き、そうやって書かれた作品を評価しているということもおっしゃっていました。

わたしが梨木香歩さんを知ったのは、書店でなんの予備知識もなく偶然手にした「裏庭」から。
世間でよく知られている「西の魔女が死んだ」から読んでいたらここまで好きになれたかどうか疑問です。
裏庭 (理論社ライブラリー)」から「からくりからくさ (新潮文庫)」「りかさん」と読み進め、その後に「西の魔女が死んだ (新潮文庫)」や「エンジェル・エンジェル・エンジェル (新潮文庫)
」という流れであとは出版されるのを心待ちにするようになったのですが、面白いことに少しずつ共通点がわかってきました。なぜこんなに惹かれるのか、のめりこむ理由があとからあとからわかってくるのです。
昔貪るように読んでいた河合隼雄氏のところでアルバイトをされていたことを知ったときは、わたしの中でばらばらだった点と点に太い一本の線が描かれました。
そして、カヤック。
まさか梨木さんが自らカヤックで水面に漕ぎ出しているとは思いもよらず、これも大きく驚かされ、また点と点を結ぶ太い線が引かれました。他にも細かな共通点がいくつも見つかり、いつしか細い線や太い線が絡まり点は面に近づいています。共通点があったから入り込んだのではなく、最初からその感覚、意識の波動を感じていたのだと思います。
今回の講演会でも、たくさんの細かな共通点に気づき、ますます親近感を覚え惹かれました。夢の中でもいいからたくさんのことをおしゃべりをしたいくらいです(笑。

ところで、今回の講演会では撮影、録音、サインを求めること一切禁止でした。
せめて感謝の言葉でも伝えたい、と思ったのですがそこは大人。ぐっと我慢して、横目でちらちら梨木さんが去る様子を眺めつつ帰り支度をはじめたら、つかつかと梨木さんに近寄る女性がひとり。握手してもらっているじゃあありませんか。他の方たちもその様子を見て「そんな!」といっている様子でした。どんなところにも抜け駆けする人っているんですね。笑顔で応じていた梨木さんに、嫉妬を覚えました(笑。すっかりミーハーなファンになっていたわたしです^^;

梨木香歩さんの講演会後講演会が終わって外に出ると、辺りはもう真っ暗。
蔦の絡まるレンガの校舎はライトアップされていました。

今回の講演会、趣旨として書かれていたことにほとんど触れなかったり、と少々残念なところがありましたが、とにかく梨木香歩さんの生の波動を感じ、受け取ることが出来て、眠っていた細胞が目覚めたようです。
残念と言いつつ、この機会を与えていただいたこと、内外に心から感謝しています。

また是非、梨木さんの講演会には訪れたいです。

ふと、梨木香歩さん関連のリンクリストでも作ろうかしら、なんて思いも浮かんできました(^^)。
梨木さんの世界に共感している方たちとも交流できたら、なんてことまで考えてしまいます。

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